なんだ夢かって思っても、やっぱり寂しい夢を見ると気分が落ち込む。今日の朝も、変な夢を見た。孤独の極地みたいな、そんな夢。ああ、嫌だった嫌だった。ポップスを爆音で流して気分を紛らわす。まあ、すぐに忘れるからいいんだけどね。
いつでもそうなのだけど、その瞬間しか感じることができないって言うのは、なんだかんだで尊いのだけれど、それでも人生は長いなと思うことが多い。一日一日を刻むように生きていると、また今日も始まったと同じような感覚になり、ちょっと寂しくなる。
午後になって、ボイトレが終わって昼寝をしてわんこの散歩に来た。今日は午後のラップ日記を撮る気が起きなくて、オーディブルで小説を聴きながら出かけた。文字を聴きながら物語を頭の中で広げる感覚は、やはりすごく心地がいい。パン屋に着いてテラスでのんびりしていたら、パン屋の店員さんと近くのアサイーボール屋さんの店員さんに同時に話しかけられて、あたふたした。女性二人から同時に話しかけられるなんてことないから、ああああ、と心の中で騒いでいた。いや、童貞かよ、笑。
なんだかんだで、女性の友達が多いなあとすごく思う。基本的に毎日行くカフェやスタンドやバーの店員さんもみんな女性だし。別に意味はないが、なんだかんだ異性と話すことができるのは嬉しい。人間は異性を求める生き物だから。
『52ヘルツのクジラたち』を読んでいて、自分もいつか寂しさや痛みで苦しんでいる人の心の支えになれるだろうか、というかなりたいな、と思った。できれば直接。孤独で震えている人のそばにそっといてあげたい。エゴに聞こえるかもしれないけど、自分だけが幸せでいいという気持ちは、大人になるにつれて無くなってくる。幸せじゃない人を幸せにするなんて、そんな簡単にいうものではないけど、一つのきっかけでもいいから、力になりたいというお節介な気持ち。歳をとったなあと思う。
帰ってきて、久しぶりにのんびりとした気持ちで文章を書いている。ラップはなんだかんだでアドレナリンが出るから、ちょっと疲れるけれど、文章はそういう疲れとかちょっと離れたところにいてくれるからありがたい。もうちょっとしたら小説を書こうと思う。
完成させようとすると、途端に腰が重くなるから、小説を書くときはその世界に溶ける心地を楽しむのが一番いいのではないかと思う。赴くままに言葉と物語の世界に溶ける。それがいい。
ZINEフェスのお品書きをインスタに投稿せねばと思って数分が経った。こういう告知はなかなか重い腰が上がらなくて、困る。
日記2冊と小説2冊。いいラインナップなのではないかなと思う。小説は好き好んで買う人はいないかもしれないけど、何か感じて手に取ってくれる人がいたらいいな。