2026.05.07

今日も深夜に起きた。今は色々やって朝の4時。2時半ぐらいに起きていた。昨日色々考えたから、脳が疲れていることがわかる。
うちのわんこがお腹を下していると書いたけれど、無事におトイレの感じで治ってきていることがわかって一安心。動物は人間よりも自然で生きているから、変なものを食べると的面に現れるのだなと勉強になった。
朝になってパン屋に行った。結局4時ぐらいに起きてもそのまま寝てしまって、6時半ぐらいに起きた。そこからタバコ吸ったり歌ったり、いつも通りの1日。パン屋のお姉さんに新しくできた名刺を渡したかったが、タイミングがなくてがっくし。また次の機会にきっと渡す。何も名乗っていない状態だから、きっと何者なのか気になっているはず。
ゴールデンウィークが明けて、街はかなり静かだった。黄色いカバーのついたランドセルを背負った小学生たちが並んで歩いていて、ああ、日々が戻ってきたのだなと思う。まあ、僕の日常はいつも変わらないのだけど。
わんこと歩いていると、後ろから来た小学生が通り過ぎていって、うちのわんこをにっこりと笑いながらちらちらと振り返っていた。いいなあ、余裕と好奇心のある子だなあと思った。街の大人も見習って、うちのわんこを見て微笑んでほしい。
昼ぐらいにまた喫茶店へ。パソコンで小説を書いていたら、11時半から13時半はパソコン禁止らしく、マスターが来るからと優しく教えてくださった。そういうところも、なんだか喫茶店っぽくていいなと思った。言われてすぐにパソコンを閉じて、『まったりずむ』の新装版の表紙の落書きを進めた。
午後になって、新装版の落書きが完成して、Amazonへ入稿した。サンプルが届くのが楽しみ。ごちゃごちゃしていて、なかなかカオスな感じになって嬉しい。
木曜日、もちごめちゃんとのポッドキャストが終わり、ゆっくりカフェに来た。いつものこのカフェは、21時半まで開いているから安心する。店員さんがアイスコーヒーを多めに入れてくださって、ゆっくりして行ってくださいと言われた。なんだか、優しさを感じて嬉しかった。
夜に出かけるのはいい。草木の匂いがはっきりと香ってきて、道ゆく人たちは仕事終わりなどで安心した顔をしている。しっとりとピアノをイヤホンで流して、ゆっくりと過ごす。
何を書いていいかわからなくなった時、日記で呼吸している。これはこの本で何回も言っていることなのだが、この日記は僕にとっては休憩場所。とことん吐き出せるところ、みたいな感じで思っている。考えたこと、感じたことがアーカイブされていくのは、僕にとっても心の支えになっている。
そう言えば、カフェに来る途中に小学生っぽい女の子が転んだらしく泣いていた。それをお母さんが慰めていた。お母さんは自転車を降りていて、お友達と思われる息子とお母さんもいた。擦りむいたか、みんなで心配していた。
僕はしょっちゅう転ぶから、転ぶことに対してあまり悲観的にならない。まあ、人間転ぶよね、みたいな感じ。転び過ぎて、小さい頃は転んでも泣かなくなっていた。スッと立ち上がって、何事もなかったかのように歩き出すのは得意だ。膝は擦りむけ過ぎて自然治癒力が上がっている気がする。そんなどうでもいいことを、その女の子を見て思った。